新生クラブマンをどうぞよろしく!
2017/10/28

 

大学を6年かかって卒業した俺は、当時サイクルワールドという雑誌を作っていた東京南青山の編集プロダクションの入社試験を受け、なんとかそこに潜り込むことに成功した。

とにかくバイクが好きだったし、書くことが得意で(好きなわけではなかったが)、なによりもネクタイをしない仕事をしたかった24歳の青年にとって、それはまさしくうってつけの職業だろう。

創刊されたばかりのサイクルワールドは、それまでのバイク雑誌の常識を覆すカッコいい雑誌で、創刊号の表紙は片山敬済が白いタンクトップに麻のスカーフを巻いてスタジオにぽつりと立つバイクも写っていないモノクロのファッション写真。思わず手に取って読者となり、大学6年生の秋の号で情報ページの片隅に小さく掲載されていた新卒社員募集の記事を見つけて履歴書を送ったのだ。

入社初日に希望通りサイクルワールドの編集部に配属され(その会社は他にウインドサーフィンの雑誌や広告を作る部署もあった)、俺は雑誌編集者としてのキャリアをスタートさせることとなった。

編集部には5人ほどのスタッフの他にフリーランスのライターが何人かいて、その一人が小野さん、小野勝司だった。坊主頭に口ひげ、体格がよく無口でいつもくわえ煙草の小野さんはやくざ映画に出てきそうな風貌、初めはかなり怖かった。

小野さんはカメラマンで、サイクルワールドではクラシックバイクをインプレッションする5ページほどの連載を持っていた。俺はその担当編集に任命され、月に一度会社のハイエースで指定されたオーナー宅に出向いてバイクを借りて積み込み、小野さんとカメラマンを乗せてロケに出掛けた。

担当編集といえば聞こえはいいが、いわゆる雑用係、運転手だ。ロケ地の多くは箱根や伊豆のワインディングで、パーキングでバイクを下ろして小野さんが自分で外観やディティールを撮影し、その後バイクを走らせて同行のカメラマンがそれを撮るという段取り。

当時俺はドゥカティの900MHRに乗っていたが旧車の知識など皆無で、しかし小野さんが走らせるバイクはどれもカッコよく、美しく、セクシーで、世の中にはこんな世界があるんだなぁと羨望のまなざしをもっていつもその姿を眺めたものだった。

入社して一年ほどが経過したある日、小野さんが俺にこんなことを言った。今度俺は新しい本を始めるんだ、お前も一緒に来い。「どうだ?」とか「やってみないか?」ではなく「来い」。俺はその場で「ハイ」と答え、数日後に一年ほど勤めた会社に辞表を提出した。

新しい本を出す出版社は企画室ネコと言い(妙な名前だ。後にネコパブリッシングと社名変更)、雑誌の名はクラブマン。1986年のことだ。

続きは本誌 P091で!