profile
Osamu Hiwatashi
1957年2月17日宮城県生まれ。モリワキ、スズキファクトリーに在籍した日本を代表するロードレーシングライダーだった。’98年に『アールズ・ギア』を設立。今や日本屈指のアフターマーケット・マフラーメーカーで、特にBMWユーザーからは絶対的な支持を受ける。開発テスト走行とは別に、年間1.5~2万㎞ほどツーリングする。愛車は歴代のBMW・GSアドベンチャー。
日本を代表するロードレーシングライダーだった樋渡治さんは、モリワキ時代にスーパーバイクやGP250、GP500の全日本レースに参戦。その後スズキにスカウトされ、GPマシンRGV500-Γも駆った。そんな樋渡さんがBMWボクサーエンジンに魅せられて約20年、今ではR1250GSアドベンチャーが自身にとって大好きな1台だという。この指向の大きな変化には、本人も驚いているが、そのバックグラウンドを知ると、ああ、なるほどと納得するところもあり、意外な面も分かってくる(本人にとっても一番意外な出会いだったに違いない)。

モリワキのマフラーを作りながら全日本を戦った
16歳の頃初めて乗ったバイクは、何とカワサキZ2だった。けれども、バイクに特別な憧れがあったわけでは無く、遊び仲間が次々にバイクに乗ることになり、当時発売されたばかりのZ2に成り行きで乗ることになってバイクの魅力にはまっていく。特にスピードとバイクのコントロールの魅力にハマり、後に地元宮城県にサーキットが出来たこともあり、市販レーサーヤマハTZ250でロードレースに参戦する。レースでは初レースで250クラスいきなり優勝した。
この年の成績は、1度の転倒と1回の2位以外は全て優勝だった。ただ、レースはあくまで趣味で、プロレーサーになる気は全くなく、レースをした後でサーキット近くの牧場レストランで仲間達とバーベキューで一杯が楽しみというレクレーションの感じだった。
それでも翌年はジュニアクラスに昇格し、さらに翌年は最高峰の国際A級に昇格。相変わらずプロレーサーへの憧れは無かったが、当時の遊び仲間達の強い勧めで22歳の時に鈴鹿へ移り住んでレースに本格的に打込むことになる。鈴鹿に移り住んだ当初は、モリワキさんの下請けマフラー工場で働きながらレースに参戦し、1981年の鈴鹿8耐にモリワキモンスターで参戦する。
’83年は250㏄クラスで国際A級初優勝を含む2勝、ランキング2位。’84年はモリワキの正式な契約ライダーとなり、鈴鹿8耐では4位。’86年にはモリワキが製作したオリジナルアルミフレームのゼロZ250を開発しながら、全日本GP250クラスに参戦。さらに世界GP250クラスにも参戦する。’87年は全日本500㏄クラスにモリワキレーシングよりホンダNS500でフル参戦し、第3戦雨の鈴鹿でファクトリーの4気筒勢を抑えて初優勝。ランキング4位。
そして’88年にはスズキファクトリー入り。ついにトッププロの仲間入りを果たし、この年の第5戦鈴鹿ではポール・トゥ・ウィンを決めた。ファクトリーマシンRGV-Γ500の開発も手がけ、世界GPのエース、ケビン・シュワンツを支えた。こうした仕事は’91年まで続いた。
’92年に古巣モリワキへ戻り、マシン開発に従事したが、’93年を最後に引退を決断した。レースをメインに活動してきたが、マシン開発にも高い喜びがあり得意とするところだった。
引退後、進路が決まるまでとりあえずと興味を持ったのがアルペンスキー競技だった。国体出場を目標にトレーニングするにあたり、競技スキー未経験のため何から始めたらわからない状態で、知り合いのアドバイスでイタリアの氷河スキー場で行われる全日本ユニバーシアード日本代表の合宿に無理やり同行。この氷河は各国のワールドカップ選手達も合宿する場所で、レベルの違いが歴然。大人と赤ちゃんほどの違いがあり、樋渡さんは日本代表が帰国後も2ヵ月半ほど居残りトレーニングを行った結果、県代表で国体出場を実現する。
この頃は、旧知の野島英俊さん(元モリワキレーシングメカニック)が代表の会社でマフラー作りを手伝っていたが、1998年に自らの会社を設立することになり、オリジナルブランドのチタンマフラーやビレットパーツを製作・販売する『アールズ・ギア』が誕生した。
そしてBMWとの邂逅偶然なのか運命なのか
’02年にBMWオートバイ用マフラーの製作依頼があった。それまで、バイク=日本車という人間だったので、アールズ・ギアを立ち上げて以来、当然のように日本車用のマフラーを製作してきた。
依頼を受けた時は、「BMWのライダーはノーマルが一番と思っているでしょうし、マフラーを替えるものですか?」と思わず聞いてしまったが、その当時BMW乗りが満足出来るマフラーが存在しないとの返答に、それならばこだわりのマフラーを作ってみようと快諾。テスト走行で当時の売れ筋のR1100RTに試乗した。空油冷4バルブのニューボクサーエンジンの印象は良くなかった。
「変なバイクだなあ、と思いましたよ。エンジンをかけてスロットルを開けたら車体が傾くし」
R1100RTは縦置きクランクシャフト・水平対向2気筒で、しかもシャフトドライブなのだ。横置きクランクシャフト・並列4気筒でチェーンドライブに慣れ親しんだ日本車の構造とあまりに違う。工業技術・デザインの違いというより、異文化を感じさせた。
「それに重たいし……。それでも半日ぐらい乗ると、〝あれ、意外と軽快感があるなぁ〟と、思ったより印象が良くなった。でも、エンジンに雑味があるし、ビッグツインの特性っていうのもあって、いまいちエンジン特性がモサッとしていて……まあ、所有することは無いなという感じでした」
それからしばらく経って、BMWディーラーのツーリングに誘われた。広島でBMWのイベントがあるというので、1泊2日で鈴鹿から広島方面へ行った(最短距離でも片道450㎞)。バイクは、ディーラーが用意したR1100RT。すると、気持ちに変化が生まれた。長距離を走っても疲れないのだ。日帰りではなく、1泊2日という距離と時間が、BMWによりマッチしていたのだ。途中のワインディングロードではイメージよりも軽快に感じたが、それでも日本車にはかなわないと思っていた。
しかしその後、マフラー開発でテスト走行を繰り返すうちに「アレッ!? けっこうイイとこあるなあ」と思うようになっていった。そしてマフラーが完成する頃には完全にハマってしまい、翌年に’03年型R1150RTを購入した。BMWはこの年から排気量をアップさせたR1150RTを投入していた。
まだ、40代半ば。体力には、一般の人以上に自信があった。元全日本のトップライダーであり、アルペンスキーでは三重県の元国体選手。日本車でも長距離の日帰りツーリングをしたぐらいでは何ともない。ただ、それにしてもBMWのボクサーの楽さと言ったら何なのだろう、という疑問が残っていた。
「それに加えてブレーキ性能が格段に良かった。国産車って良く走るけど、ハードに走るとブレーキが焼けちゃって……。BMWにはそれがないんですね。(未だに速度無制限区間が残る)アウトバーンを想定しているからかなあ」
BMWのブレーキは、名門ブレンボがOEM生産したものである。安全で快適なライデングにはブレーキ性能が大事だ。ブレーキは、ライディングを支えるバイクの重要な基本パーツであり、安全面でも大切だからだ。こうして、樋渡さんはBMWボクサーの魅力にハマッていき、1200㏄となった’04年型R1200RTも購入した。
「’04年にBMWユーザーから北海道ツーリングに誘われたんです。それで東北・北海道を4000㎞ぐらい走った。そんな長距離を走っても疲れない。でもノーマルは、低速トルクがないとか、(エキゾーストノートの)音質(が良くない)などの不満があったので、それらを意識してマフラー作りにフィードバックしたのです」

ヨーロッパツーリングではアルプスの山岳路を満喫。道幅は細く、路面は舗装だが荒れているが(最近はだいぶ良くなったが)、国境越えの大好きな長距離走を堪能した。ある年のツアーガイドは現役の白バイ乗りで、プライベートでもBMWユーザー。そういう交流もツアーの楽しみだ。

‘93年世界GP250チャンピオンの原田哲也さん(左)とツーリング。元レーシングライダーの中では、先輩・後輩を含め、樋渡さんは最も長距離を走るライダーかもしれない。一目置かれる存在だ。
BMWのマフラーを作り
そしてGSにのめり込む
マフラーの性能や品質には自信があった。そして、BMWの人気モデルと言えば、日本ではまだRTの時代で(ヨーロッパではGSが人気モデルになっていたが)、アドベンチャークラスが大人気になるのはもう少し先の話だ。
そうして’06年に、決定的な出会いを果たした。R1200GSアドベンチャーだった。スタンダードのGSモデルから+13Lとした33Lのビッグタンク、+20㎜のロングストロークサスペンション、大型ウィンドシールド、大型エンジンカードなど、ハードな旅に対応する装備が、パリダカモデルをイメージさせる。GSより一段レベルの高い、ハードなオフロードをイメージした仕様なのだ。ただ、樋渡さんの見方は、少し違っていた。
「ビッグタンクのスポーツカーですね、GSアドベンチャーは。もちろん長距離でも疲れない。〝これすごいな、こんなオールマイティなバイクがあるのか!〟と」
GSアドベンチャーは、ボリューム感満点の迫力あるデザインが気に入ったが、それより何より、そのパフォーマンスに驚いた。ロングストロークサスペンションの装備で有効ストロークと車高の拡大により、RT以上のバンク角が確保されていて「ワインディングロードで気兼ねなくバンバン行ける!」と気に入った。高くなった車高で重心も高くなり、ロール方向への運動性も増したのかもしれない。

ビッグタンクに関しては、前日の終わりにガソリンを満タンにしておけば、次の日は無給油で600㎞以上行ける、というロングディスタンスランナーらしさを実証する。昨今の北海道では100㎞以上ガソリンスタンドが無いルートが結構あり、大容量のビッグタンクはありがたい装備なのだ。
もちろん長距離で疲れない性能はそのままだ。アップライトなライディングポジションは、GSより大型になったウィンドシールドでより身体が守られ、快適だ。シート高はかなりあり、GSより足長になって車高が高くなった分、足つき性では多少不利だが、走行性能の良さから樋渡さんは、’06年型R1200GSアドベンチャーを迷わず購入した。
「最初はみんなに言われましたよ、全然似合わねえーって。ウエアもRTで使っていたオンロード仕様のままでしたから」
レーシングライダー時代から、当たり前のようにオンロードライダーだった樋渡さん。それがGSで、しかもアドベンチャーなのだから、バリバリに違和感がある。ただ、それでも1年ぐらい経つと、何となく馴染んでくるもの。GSアドベンチャーライダー、樋渡治の完成だった。
「2輪のHAMMER=ハマーって呼ばれていたんです、GSアドベンチャーは。でも、俺に言わせれば外観はワイルドなオフローダーですけど、中身はスポーツカーです」
ハマーは軍用4輪駆動車ハンヴィーの民間仕様車で、大径タイヤ・高い車高・ワイドなボディでオフロード車のステイタス的な存在であり、非常に特殊な車であった(民間仕様は俳優アーノルド・シュワルツェネッガーの要望で生まれた)。樋渡さんにかかれば、オフロード性能と長距離航続性を高めたGSアドベンチャーが、オンロードでのスポーツ性能を格段に向上させる武器になったようだ。
使い方は、もちろんオンロードメインで、それも長距離がメイン。走行距離は、コロナ禍以前が年間2万㎞、それ以後は少し減って1万5000㎞ぐらいになった。走りに出かけるときはソロではなく、仲間と出かけることが大半で、気心の合った一般ライダーの友人たちだ。
この友人達には私がツーリングハマるきっかけとなる師匠的な存在がいて、そんな仲間たちと、コロナ禍以前はヨーロッパツーリング(アルプスめぐり)にも出かけた。
「コロナ禍が過ぎて状況はだいぶ良くなったので、そろそろ以前のようにヨーロッパアルプスを走りたいと思っています」
GSアドベンチャーは、その装備のおかげでGSよりも車重が重いが、そこは気にならないのだろうか。特に一般ライダーは年齢を重ねたベテランほど、重さが気になってくるものだ。
「確かに重量は気になりますが、ツーリングレベルであれば、バイクの運動性能が良いバイクなら、走り出してからは重いことがプラスの場面が多いです。例えば路面のギャップからの突き上げが重さにより吸収性されて、乗り手にダイレクトに伝わらないなどの理由で、長距離を走った時の疲労度が格段に軽減されるし、バイクの初期トラクションをかけやすいんです。それにより雨のウェット路面でも、タイヤのグリップ感を感じやすいメリットもあります。
バイクの運動性能に関しては、バイクが勝手に寝ていくのではなく、乗り手が寝かせていくようにコントロール出来る部分を残したバイクが好みで、結果として長距離ツーリングでの快適性の意味でも、弱アンダーステアのほうが楽しいし、疲れなくていいですね」
バイクが勝手にバンクしていくのではなく、あくまでライダーが操縦して寝かせて曲がるということだ。R1150GSからR1200GS(’04年型)に変わった時は異常に軽くなりすぎた。GSユーザーの中には、軽くなって喜んだライダーもいたけれど、軽すぎてバイクの基本操作の逆操作をしないといけないほどのバイクになってしまったようだ。
その後、’06年型でGSはニュートラルな特性となって、GSアドベンチャーはニュートラルから弱アンダー。現行R1250ではGS、GSアドベンチャーもニュートラルな特性になり、クセのない素晴らしいバイクとなっている。
樋渡さんの判断では、今のところGSアドベンチャーが最良の1台で、好みのハンドリングと存在感があり、最高の相棒ということになる。ただ、危惧していることもある。
「R1250になる1年前から、GS、アドベンチャー共にセミアクティブサスに変わって、サスペンションの減衰特性が好みの特性から少しはずれたのが残念なところかな」
それはR1250GSアドベンチャーでも継続されたようで、このモデルの国内仕様は電子制御サスペンションのみが設定されているから、仕方なく樋渡さんはなんとか好みに近いMAXモードで乗っている。
減衰力もスプリングプリロードも最も強い設定だ。標準設定では、(樋渡さんだと)サスペンション動きすぎるので好みではない。本当はフルオートの電子制御サスペンションではなく、手動で設定する通常のサスペンションが欲しい(今や大型高級車ではマニュアル仕様の方が珍しいが)。
「BMWは、4輪車でも同じ傾向にある。ユーザーがそういう傾向を好むのかな」
ハードな仕様より、ちょっとした試乗でも乗り心地の良さが体感できるソフトさなのか。しかしながらオートバイは乗り手の操作領域がたくさん有り、もう少しスポーティーな仕様のままであって欲しいと思うのだが……。

R1250GS/GSアドベンチャーにはさすがに豊富なパーツがラインナップする。まずマフラーはGS/GS-ADV(’19~)用リアルスペック フルエキゾーストマフラー(シングルタイプ)29万4800円。これはサイレンサーに焼き入れ加工したチタンドラッグブルー仕上げ。最高出力:124.0ps(STD:120.9ps)、最大トルク:13.2kg-m(STD:12.9kg-m)、重量5.5㎏(STD:10.0㎏)。音質も非常に重厚かつ上質だ。

アールズ・ギアが提案する『快適なライディング』シート。ノーマルベースで形状・表皮を一新。要問い合せ。

サイドスタンド時の傾きを適正にするサイドスタンドベース。BMW用として大ヒット。削り出し。1万4850円。

欧米人向けを日本人の体格にアジャストさせるハンドルブラケット。ノーマル比で28㎜バック、15㎜アップ。アルミ2017S削り出し。七宝焼きエンブレム付き。3万6300円。

シートに座ったとき自然な足首の角度になるように上面が前傾したステップで疲労を軽減(オンロード重視)。STD比で18度前傾、高さ-8㎜。アルミ合金削り出し。3万3000円。

その探求心とコダワリは
マフラー作りにも注がれる
樋渡さんはとにかくモノ作りが好きだし、製品に対するコダワリは相当だ。2気筒ではないが、ホンダCB1100用4本出しマフラーを開発していた時のことだ。全然しっくりいかず、1年あまりが経過していたある日、偶然見かけた旧車ショップに、見事にレストアされたCB750FOURがあった。元祖4本マフラーだ。樋渡さんは、すぐに購入を決めた(即断すぎてショップの人が驚いたほどだ)。
「本物が横にあると、良くわかる」
エキパイの曲げのアールとか、ちょっとした所を変えるだけで、グッと雰囲気が出た。そのエキパイは(パイプベンダーを使う)機械曲げなのだが、アールに合う型や芯金が既存品になく、結局ここから特注した。ヒートガードはCB750FOURの純正品を当ててみたが、マッチせず(品質的に似合わない)、結局削り出しで作った。
横にオリジナルを置いていると開発がはかどり、それから4ヶ月あまりで商品化した。非常に高価なCB750FOURを買ってまで開発したり、パイプベンダーにも投資し、ビレットパーツを使ったりと、採算は合うのだろうかと心配してしまう。
「性能はもちろんだけど、恰好良くないとダメでしょう」
性能と美しさは、両立しなければならい、というが樋渡さんの哲学だ。音質はあの頃の4本出しらしいものが出た。性能ではスロットル低開度での出力特性をどう作り込むか、スロットルを開閉したときにイメージ通りに過不足なくパワーが上下するか。全域のパワーアップは当たり前で、コントロール性が重要だ。何しろテストライダーは樋渡さん。いろいろなバイクに乗って40年以上。極めてウルサイ。そして、最後に一言。
「世界で1台だけバイクを選ぶとなったら、今現在は間違いなくGSアドベンチャーです。本当にコレがイイ」

懐かしさを感じさせる空油冷DOHC4バルブを搭載するR nineT。同じエンジンサイズなのに軽快感はBMWの中でイチバン。樋渡さんもけっこう気に入っていて「日帰り程度なら」と言う。2本出しマフラーはもちろんアールズ・ギア製。

アールズ・ギアのマフラーはWYVERN(フルチタン・フルエキ)、と同クオリティで異形REAL SPEC(ワイバンサイレンサー)、WYVERN CLASSIC(伝統的なスタイル)、GP SPEC(スーパースポーツ用)がある。これはリアルスペック。



エキパイを曲げるパイプベンダー。型でアールを決め、パイプ内に芯金を入れてパイプが潰れるのを防ぐ。冷間で加工する。機械は生き物でパイプベンダーも同じ。アールズ・ギアでは精度を高めるために、作業を始める度に寸法を確認・調整し、試し曲げを行う。

削り出し0(ビレットパーツ)は益々多くなる。すべて自社で生産。

ファクトリーは非常に大きな2階建てで、左が事務所(1階)。

ずらっと並んでいるのは削り出したエキパイのフランジ。

削り出しパーツを生み出すCNCマシンニングセンタ。右が5軸制御で左が3軸制御。近く6軸機が追加導入される。