【CLASSIC RACER NOWADAYS】 YAMAHA・SUZUKI・MORIWAKI

今、新車で買えるレーシングマシン

70年代、日本が作ったレーシングマシンは世界中で数々の伝説を作り上げた。
クラシックバイクレースが世界的に盛んになりつつある今、そんなマシン達が新車で買えるようになっている。

YAMAHA TZ750

ついに蘇った70年代世界最速のレーシングマシン
70年代、日本が作った世界最速の市販レーサー、それがTZ750だ。2ストローク水冷4気筒エンジンを搭載。最高速度は300㎞/hにも到達すると言われたモンスターだった。そんなTZ750が新品で組み立てることができるようになったらしいという噂を聞き、以

来2年間探し回って今回やっと取材することができたのである。

作ったのはショップでなく個人だった。オーストラリアの元GPライダー、バリー・ディッチバーン。彼は息子のクレイグがクラシックバイクレースにTZ750で出場したいと言っているのを聞いて、色々なショップで販売されているTZ750のリプロダクションパーツと手持ちのパーツを組み合わせれば新規に作ることが可能なのではないかと考えたのである。

ベースになったのはカナダのCMRレーシングで販売されているフレームとサスペンション、外装のローリングシャーシー。イタリアではワークスマシンOW 3₁のシリンダーとヘッドも新品のレプリカが販売されていた。ところが実際に組み上げるためには大きな問題が立ちはだかった。クランクケースがないのだ。TZ750は構造上の問題から長時間走行しているとクランクケースにダメージを受ける。そしてスペアのケースが流通することはほとんどない。つまりクランクケースがなければTZ750が走ることはできない。絶望した親子の前に現れたのがコンソルティウムレーシングのギャリー。ディッチマン親子のプロジェクトを聞き、業者を探してクランクケースを新しく造ることに成功したのだ。

SUZUKI XR69(GS1000)

スズキとヨシムラの歴史を作った耐久レーサー
1979年中盤に僕の存在がスズキの目に留まったようで、1980年シーズンのチームメンバーとしての誘いがあった。もう旧型だったモリワキのアップハンのバイクでホンダのTT-F1マシンをいつも負かしていた僕は、スズキにとっておあつらえ向きだったんだろう。

ランディ・マモラと僕が新しいライダーに決まり、500㏄2ストロークのXR34でGP世界選手権の500㏄クラスを、そしてイギリスTT-F1選手権にXR69で参戦することになった。僕はこれに加えてマン島TTとアルスターGPにも参戦する契約で、これにより世界選手権へのフル参戦となった。同時にスズキはデイトナスーパーバイクとF1、さらには鈴鹿8耐参戦にも取り組む姿勢を表明していた。

MORIWAKI MONSTER

アップハン最強伝説の復活
1978年初め、私はモリワキレーシングに呼ばれ鈴鹿8時間耐久ロードレースでトニー・ハットンとパートナーを組んで出場しないかという提案を受けた。この時の興奮は今でも覚えている。初めて見たマシンはアメリカのスーパーバイクスタイル、130馬力にチューニングされたZ1エンジンが搭載されていた。シャシーは18インチのダンロップスリックタイヤにあわせて大幅に改造されていた。

この時の8時間耐久レースでは序盤からトップ争いをしていたが、4時間あたりでトニーがスプーンコーナーでガス欠。スーパーマンの強さを発揮して約1・5kmバイクを押してピットに戻り、そこから追い上げて暗くなる頃には3位を取り戻すことができた。マフラーのエキパイとフレームにクラックが入ってしまったおかげで最後の数周は本来の速さを発揮させることができなかった。レース後、マモルは燃料タンクのリザーブを使用しなかった理由を僕達に尋ねた。トニーと私は顔を見合わせた。なんと私たちはこのマシンに予備タンクがあることを知らなかったんだ!

このバイクのパフォーマンスに感動した僕はマン島のレースに参加したいと提案した。

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