【温故知新
グランプリ温故知新

グランプリ温故知新
八代俊二HRCのワークスライダーとして世界GPを戦った後、ジャーナリストとして幾多のワークスマシンを走らせてきた八代俊二が書き下ろす、リアルなグランプリ今昔物語。

日進月歩。技術の進歩を表現する時に用いられる常套句だ。最新テクノロジーを争うレースの世界ではハード、ソフト両面に於いて常に技術革新が繰り返されてきた。オートバイレースの起源は知らないが、私の手元にあるドルナの資料によると初めて世界グランプリが開催されたのは1949年6月のマン島ツーリストトロフィーで250㏄と350㏄、500㏄の3クラス開催だったと記されている。当時はモトグッチやノートン、AJSやジレラといったヨーロッパ製の4ストロークエンジンを搭載するマシンが主流で、ライダーは低くセットされた幅の狭いバーハンドルをしっかり握りながら上半身を伏せ、お尻を目一杯後ろに引く、典型的な後ろ乗りが一般的だった。その後、エンジンは軽量コンパクトで高出力な2ストロークが主流になり、車体もダブルクレードルなどの髙剛性フレームが登場、外装は空力を意識してカウリングを装着することが常識になった。60年代になると日本のオートバイメーカーが世界GPに参戦開始、瞬く間に世界を席巻してしまった。そして日本勢の勢いは留まるところを知らず、現在ではMADE IN JAPAN 抜きでは二輪レースが成り立たないというくらいレース業界に(根差している)深く関わっている。

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