【CLASSIC FEELING ARCHIVE】
ゴルディの咆哮は、マン島の子守歌 

1957 BSA DBD34 GOLDSTAR500 

1950年代、マン島クラブマンの王者に君臨したゴールドスター。とりもなおさず500cc単気筒ロードスポーツの頂点に立つ気品と風格を兼ねそなえていた。

BSAゴールドスターB 34、このマシンほど私達日本人の外車オートバイマニアを引きつけたものがあっただろうか。ゴールドスターの日本でのデビューは実に華やかでセンセーショナルなものであったために、強烈な印象がマニアの心に焼き付いたのだ。

日本のレース界の聡明期である浅間火山レース時代にゴールドスターは、バルコムトレーディング社によって日本に上陸、即レーサーとして浅間へ送り込まれている。1958 年の浅間レースは、第1回全日本クラブマンレースがMCFAJを結成して行なわれた最初の年であった。ゴールドスターはこのレースで大活躍して 一 躍有名になっている。翌59年の浅間でもゴールドスターの活躍は続き、500クラスの上位を独占する。18才の若き高橋国光が駆るBSAゴルディがライダー共々人気を博して行った。58~ 59年頃の外車といえば、すでにトライアンフが有名であり、そして性能面でも国産車など立ち討ちできないほど進んでいて、全バイクマニアのあこがれ的存在でもあった。トライアンフは2気筒、650㏄が主流であり、速いイギリス車の代表格であったが、そこに500㏄単気筒という、いわば通好みのマシンが登場したのだ。しかもロードマシンのトライアンフと違ってゴルディは、生まれ故郷をマン島に持つレーサー的なマシンだった。今でいうところのレーサーレプリカ、いやクラブマンレース用のレーサーそのものであったのだから、いやが上にもマニアを昂ぶらせたのだ。

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